校歌

〇校歌の由来
 明治15年に創設された國學院大學は、大正12年、渋谷川の流れも美しい、まさに見晴るかすもの清らなる渋谷区若木が丘に移転しました。國學院大學の校歌はこの時に、本学のシンボルとして、校旗、襟章とともに生まれました。時の学長、芳賀矢一先生は、國の基(もとい)を究むるところと謳い、建学の精神を切々と詩につづり、国学の大家本居宣長の系譜に連なる童謡作曲家の本居長世先生(※)の作曲によって、我が母校の校歌が作られました。曲の一節一節に、雅楽の清らかな、そして重々しい響きが取り入れられており、この独自のメロディーは私たちの胸の中に、深く深く刻み込まれます。我が国の行く末を案じ、本学が建学されたことと同様に、この校歌も本学のあるべき姿を、正しく謳い上げています。

※本居長世先生は、「七つの子」「赤い靴」「十五夜お月さん」などを作曲した児童作曲家。独特な旋律の曲調が特徴で、作曲した曲は現在に至るまで長く歌い継がれている。

○校歌の振り付け
 当團の校歌の振り付けは、第14代幹部の時代に改められ、現在まで継承されています。本学の校歌の優雅な旋律にのせて振られる、優美かつ流れる清流のような動きは、まさに、見晴るかすもの清らなる渋谷川を望む、本学に相応しいものです。

作詞 芳賀矢一   作曲 本居長世


見はるかすもの みな淸らなる
澁谷の岡に大學たてり
古へ今の 書(ふみ)明らめて
國の基(もとい)を 究むるところ


外(と)つ國々の 長きを採りて
我が短きを 補ふ世にも
いかで忘れむ もとつ教(おしえ)は
いよよみがかむ もとつ心は


學(まなび)のちまた そのやちまたに
國學院の 宣言高く
祖先の道は 見よここにあり
子孫の道は 見よここにあり