応援団Q&A

 まだまだ応援団について、お伝えしきれないことが多くあります。ここでは、皆様が疑問に思うであろうことについて、Q&A方式でご紹介します。なお、ここに掲載する回答は、必ずしも全ての大学応援団に当てはまるわけではなく、あくまで当團が把握している限りにおいて掲載しておりますことをご了承ください。

応援団の主な活動は何ですか
 応援団は、主に体育系部会の試合会場に行き、観客をリードして応援する活動が中心です。
 また、応援団では、自分の大学の学生歌などに振り付けを行い、それを「演技」と呼んで継承していますが、当該「演技」を一般の方に披露する場を設け、実演することがあります。この実演のことを、当團では「リーダー公開」と呼んでいます。
 ほかにも、応援団の基礎的な考えとして「ボランティア精神」というものがあり、ここから、学内での献血活動、ゴミ拾いや募金活動などのボランティアを行う団体もあります。当團では、ボランティア活動として、学外の公私のイベントなどに協力することを社会貢献活動と呼び、積極的に推進しています。
応援団は学生服を着た人たちというイメージがありますが、どんな組織なのですか
 一概に応援団といっても、大学応援団は千差万別です。通常、学生服(通称「学ラン」)を着用し、大きな声で歌を歌い拍手などを行い、会場を盛り上げる者たちを応援団と呼ぶことが多いと思います。応援団は、一般客として野球の試合などに来た有志が、自発的に観客をまとめ上げて声援を送ったところから出発しています。そのような者たちが集団化・専門化したのが、現在の応援団の基となっています。現在は、観客をまとめ上げてリードする者たちを「リーダー部」と称することが一般的です。
 昭和30年代前半まではリーダー部のみの応援が中心だったようですが、徐々に、野球部の試合に音楽を取り入れる応援団が現れ始め、これを「吹奏楽団」「吹奏楽部」「ブラスバンド部」などと称し、内部の専門演奏集団として抱える団体が増えてきました。ただ、様々な理由により、その専門演奏集団が独立し、再び、リーダー部のみの編成となる団体も多くありました。特に、演奏を禁じる試合会場も多くあることから、近年では、音楽の演奏が許される試合の場合のみ、外部の専門演奏集団(文化系吹奏楽部など)に協力を要請し、会場で演奏してもらうというケースも多いと思います。
 昭和50年代になると、華やかな応援が求められるようになり、海外のプロスポーツのように、女性で構成した応援集団「チアリーダー」を創設する団体が現れ始めました。チアリーダーが大学応援団に取り入れられた直後は、いろいろな議論があったと伝えられていますが、今日では、リーダー部員の減少と反比例するように、チアリーダー部員の増加が顕著であり、チアリーダー部員が応援団員の大半を占める団体が多くあります。
 前述した「リーダー部」「吹奏楽部」「チアリーダー部」の3部のうち、全て、若しくは一部で構成されたものが、今日の応援団といえます。今後、応援環境の変化により、もっと異なった編成に変化していくかもしれません。
「リーダー」とは何ですか
 リーダーとは、その言葉のとおり、リードする人間です。応援団においては、全体の応援を統制する者のことで、野球の応援などで応援席の一番前列に立ち、音楽や手拍子に合わせて身体を動かし応援席をまとめる役割を担っています。リーダー公開でも、全團員の前に立ち、全体の動きをコントロールする、楽団でいえば指揮者のような役割を果たしています。なお、当團では、リーダー以外の、リーダーの動きに合わせて振り付けなどを行う團員を「受け」と呼んでいます(「受け」については、他大学応援団では「バック」などと呼ぶこともあり、統一された呼び方ではありません)。
なぜ応援団の挨拶は「押忍」というのですか
 「押忍」とは、その源を九州の佐賀鍋島藩に伝わる「葉隠」に遡ります。葉隠論語、鍋島論語ともいわれるこの「葉隠」は、武士たちの修養の書であり、また、そこにおける葉隠教育は、文武両道共に厳しく、中には脱落する者もいたといいます。
 しかし、青年武士達は競って教読に参加し、如何なる苦しさをも耐え忍び、それを克服せんと努力しました。さらに、ただ苦しさのみを耐え忍ぶだけではなく、より積極的に文武を究明せんがため、一層の努力をし、一日も早く立派な武士となるよう勉学にいそしんだといいます。このような気構えのもとに、同門の青年武士達は、出会う時は必ず励まし合う意味において、互いに「押忍」を交わしました。
 のち、大正末期の頃、江田島にあった海軍兵学校の生徒間でも盛んに葉隠=押忍の精神が叫ばれました。この精神のもと、彼らは厳しい学問訓練などにも負けず、努力を払い、人間形成のために骨身を削ったのです。
 それがいつの頃からか、運動部員たちの間で広く挨拶用語として用いられ、大学応援団の中にも取り入れられ、応援団精神は即ち、「押忍」の精神と称され、次第に一般の方にも知られるようになっていきました。
 当團では、今日も、「押忍」を挨拶とし、そこに込められた精神を念頭に鍛錬に努めています。
「國學院大學全學應援團」は何故旧字で表記しているのですか
 本学の名称表記が「國學院大學」であることから、それに合わせたものを採用しています。その上で当團は、学内の部会としても、最も古く歴史ある団体の一つであり、その歴史は歴代の先輩方が脈々と引き継いだものであるという認識に基づき、創團から使用している旧字体の名称表記を改めることなく、現在も使用しています。
応援団員の髪型について教えてください
 日本の大学応援団、特にリーダー部では、時代によって髪型に関する流行り廃りがあり、短髪、スポーツ刈り、アイロンパーマ、リーゼントなど、いろいろな髪型が用いられました。今日においても、下級生は坊主という団体もあると思いますが、当團では、社会常識として清潔な髪型であれば、特段、規制していません。ただ、リーダー部については、応援などで学生をリードするという役割上相応しくないとして、頭髪の着色は厳禁としています。ブラスバンド部、チアリーダー部も、学生に相応しい清潔さであれば、厳しい規制はありません。
「全学」とは何ですか
 「全学」応援団という組織は、全国の大学応援団の中にいくつかありますが、その定義は必ずしも統一されていません。全学生が応援団員であるという理解のもと、代表者で構成された団体を「全学応援団」と呼んでいる団体もあります。また、全学生を応援するために、「全学応援団」を名乗る団体もあります。
 当團も「全学応援団」ですが、当團は、「自治会」、「体育連合会」、「文化団体連合会」、「新聞学会」と並び、本学に五つのみ存在する学生自治組織の一つであり、本学学生の総意を決定する「学生総会」において毎年、予算・決算の議決を経た上で、その活動を展開しています。学生総会の議決を経ることで、全学生に直接、応援団の活動経費を負担していただく形式を採っており、当團の活動を全学生に対して明確化するとともに、応援において全学生を代表する存在でもあります。このような点から、当團は、正しく意義のある活動に邁進する責務を負っています。
応援の形式に決まりはあるのですか
 応援形式は応援団によって異なっており、過去、日本全国の応援団で応援形式が統一されたことはありません。一般的に、応援対象の部会によってその応援方法にルールがあり、その範囲で活動することになります。他にも、会場によって応援方法の制限があったり、大学応援団同士で応援形式を取り決めて応援することもあります。以前は、全日本学生応援団連盟の中で、応援形式に関する規約が存在しており、各校がそれに基づいて応援する時代もありました。いずれにしても、試合会場などで我々応援団を見かけましたら、一緒に応援していただければと思います。ぜひ応援席にお越しください。
応援団同士の交流はあるのですか
 日本には、それぞれの地域で応援団同士が協力しあう「連盟」や「連合」等があります。東日本では、我々が所属する「全日本学生応援団連盟」や、「東京六大学応援団連盟」などがあり、西日本では、「関西四私立大学応援団連盟」などがあります。また、国立大学同士のスポーツの交流戦である「全国七大学総合体育大会(七大戦)」を戦う北海道大学、東北大学、東京大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学の応援団は、合同でリーダー公開を開催しています。
 これら連盟内では、互いの交流は活発ですが、連盟外との交流は、あまり多くないのが現状です。連盟に加盟していない大学もいくつかあり、さらに交流頻度は少ないと思います。
 なお、大学応援団では、他校の応援団に対し、幹部交代の挨拶、暑中見舞いなどの通知を送る習慣があり、普段交流がない応援団同士の場合、書面でのやり取りのみ行っているケースもあります。