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TEL:03-3400-9186
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國學院大學全學應援團
私たち全學應援團のホームページへようこそ!
私たちは母校、國學院大學を応援する団体です。
このホームページは私たちの活動を知っていただくため作成しました。


私たちと一緒に応援してくれる仲間を募集しています。
新入生の皆さん、大学で新しいことを始めてみませんか。
きっと他ではできない経験・得がたい仲間を見つけることができます。
まずはお気軽にご連絡ください、よろしくお願いします。

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《当團は、応援活動などを通じ、様々なことにチャレンジしている団体です》
当團は、部活動の応援にとどまらず、学内外の様々な場面での活動を通じ、多くの皆様にお力添えさせていただいております。
当團については、本ホームページのほか、公式Twitter、YouTubeチャンネルなどをご覧いただけますと、より当團のことを知っていただけるのではないかと思います。

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今後とも当團をよろしくお願い申し上げます。

團長から皆様へご挨拶

この度は、当團ホームページをご覧頂き、誠に有難うございます。
私、國學院大學全學應援團第70代團長に就任致しました稲見栄作でございます。当團を代表致しましてご挨拶申し上げます。
國學院大學全學應援團は、創團より80年となります。4年前からはリーダー部・ブラスバンド部・チアリーダー部の三部体制が本格的に発足し、学内での応援活動から学外のイベント出演まで幅広く活動しております。
昨今、応援団の規模は縮小傾向にあります。そのため、変えるべきところと変えるべきでないところをしっかりと見定め、時代とともに変化していく必要があると考えております。
その様な変わりゆく応援団の中で、私達が大事にしているのは「礼」でございます。「苦難に耐え忍び、親切で妬みの心を持たず、誇らず、驕らず、非礼を行わず、自分の利を求めず、憤らず、慢心しない」。「礼」とは、他人の気持ちを思いやる心です。
選手や人々に寄り添い、共に喜び、共に泣く。これこそが、変化していく応援団をいつの世になっても応援団たらしめる基盤ではないでしょうか。
今年度は新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、今までの様な活動はできないと思われます。しかし、応援を止めることはできません。自分たちにできる事を考え、様々な形で活動をして参る所存でございます。
本年度も國學院大學全學應援團を宜しくお願い申し上げます。

國學院大學全學應援團 第70代團長 稲見栄作

各部の紹介

当團には、応援全体を取り仕切る「リーダー部」、演奏で応援を盛り上げる「ブラスバンド部」、踊りなどで華やかに演出する「チアリーダー部」の3部構成で活動しています。
3部全体での活動以外にも、それぞれの部で独自の活動も行っています。
以下に各部の活動をご紹介します。

リーダー部の紹介

 リーダー部は、応援全体をまとめ上げる、応援団の顔となる部です。
 國學院大學の応援団は、昭和16年に前身組織である応援統制部から始まっており、平成23年度に創團70周年を迎えました。この間、一部会としての応援団から、学内に五団体のみ存在する学生自治組織の一翼を担う立場に昇格するなど、年々発展を遂げて参りました。
 平成27年度に、新たにブラスバンド部、チアリーダー部を創設したため、それまで応援団と称していた、応援を取りまとめる既存の組織をリーダー部とし、活動を展開しています。これまでの歩みは本ホームページ「当團の歴史について」をご覧ください。
 平成10年代後半より、他大学応援団と同じく当團も團員の減少が顕著となり、團存続が危ぶまれる危機的な状況もありましたが、現在は、3部体制のもと、活気が戻りつつあります。
 古き良きものを守りつつ、新しい応援など革新的な取り組みを行い、大学応援団の本道を歩んでまいります。

リーダー部長あいさつ

押忍。私、第70代副團長兼リーダー部長福元誠一でございます。
この度は当團ホームページをご覧いただきありがとうございます。
当團がリーダー部、ブラスバンド部、チアリーダー部の三部体制になってから今年で7年目となりました。
その中でリーダー部に期待される役割とは応援をより良いものにできるよう常に挑戦を続けることだと考えております。
しかし、ただ闇雲に新しいことを始めるというのでは、80年近い歴史を誇る当團の伝統を蔑ろにしているに過ぎないと思います。
リーダー部に引き継がれている國大音頭をはじめとした伝統演技を守りつつ、それらを活かした応援方法を新たに確立していくこと。これこそが今のリーダー部に求められている挑戦だと私は考えております。
歴代の先輩方に誇れるものを作り上げるため精一杯取り組んでまいります。宜しくお願いいたします。

ブラスバンド部の紹介

 当團ブラスバンド部は平成27年度に、応援活動を専門に行う団体として創設されました。当團ではかつて、第14代幹部の時代(昭和37年)にもブラスバンド部が創設され、リーダー部とともに神宮球場における硬式野球部の応援などを行っていましたが、当時のブラスバンド部はその後独立し、現在の体育連合会吹奏楽部として活動しています。
 平成18年に、本學の硬式野球部が目覚ましい活躍を見せ、平成4年以来の東都大学野球リーグ1部に復帰しました。このような状況の中、当團に応援活動を専門に行う部を作りたいという関係者の強い想いが芽生え、平成27年度の創部に繋がりました。
 全學應援團に欠かすことのできない大切な部であり、新入生にとっては即戦力として活躍できる部でもあります。

ブラスバンド部長あいさつ

こんにちは。私、國學院大學全學應援團第70代ブラスバンド部長 池上 拓伽でございます。
このたびは、当團ウェブサイトをご覧いただき、誠にありがとうございます。
近年、応援における音楽の役割は、ますます高まっております。
応援団内部に目を向ければ、音楽がリーダー部とチアリーダー部とを結びつけ、応援団外部に目を向ければ、音楽が我々応援団と観客の皆様とを結びつける役割を果たしております。
このような重要な役割を果たすのが、私たちブラスバンド部であり、いわば応援団の応援団と言っても良いでしょう。
そのような重要な役割を果たす私たちですが、創部間もないこともあり、少人数での活動を余儀なくされています。そのような中でも、「新しい挑戦」を合い言葉に、社会に通ずる應援團という理念の下、明るく精力的に活動してまいります。
今後とも、國學院大學全學應援團ブラスバンド部を宜しくお願い申し上げます。

チアリーダー部BUNNYS(バニーズ)の紹介

 当團チアリーダー部BUNNYS(バニーズ)は、ブラスバンド部と同じく、平成27年度に、他大学チアリーダー部OGをコーチに迎え、1年生4名で創設しました。現在の他大学応援団では、応援を取りまとめるリーダー部以外に、吹奏楽部、チアリーダー部を設置して3部体制で活動するか、演奏の専門家である文化系吹奏楽団などの協力を仰ぎ、リーダー部とチアリーダー部の2部体制で活動する団体が多いようですが、当團は平成26年度までリーダー部のみで活動していました。
 過去、昭和から平成にかけての時代には、チアリーダー部創設を希望した本学女子学生がいたということを聞き及んでいますが、正式に團内チアリーダー部として活動を開始するまでには至りませんでした。しかし、当團を取り巻く状況は平成の当初から大いに変わってきており、時代の変化に適切に対応するべく、ブラスバンド部とともに創設することとなりました。
 現在はコーチに指導を仰ぎながら高いレベルを目指して活動しており、今後の活動拡大を視野に取り組んでいます。

チアリーダー部長あいさつ

こんにちは!國學院大学全學應援團第70代チアリーダー部長を務めさせて頂いております、名取です。
私たちは常に誰かを応援したい、みんなを笑顔にしたいという気持ちを持って日々活動しています。
昨年からコロナの影響で活動や練習が限られてはいますが、應援團としての誇りや信念を忘れることなく、与えて頂いた環境の中で全力で練習し皆様に最高の笑顔と楽しさ、そして應援の素晴らしさをお届けします!
私たち國學院大學全學應援團、そしてチアリーダー部BUNNYSを応援していただいている皆様、いつも本当にありがとうございます。1日も早く皆様と球場やイベント会場でお会いできる日を心から楽しみにしています!
また第70代で創部7年目を迎えます我々BUNNYSはこれからより技術・笑顔だけでなく人としても成長できるような団体を目指して活動して参りますので、応援のほど何卒よろしくお願い申し上げます。

活動紹介

当團は、応援活動は勿論のこと、学内外で様々な活動を行っています。
 応援活動としては、毎春と秋に行われる硬式野球部の「東都大学野球リーグ戦」で欠かさず応援を行っているほか、陸上競技部の駅伝大会の応援も行っています。それ以外にも、ご依頼をいただいて様々な部活動の応援も行っています。
 また、当團は応援活動のみならず、学外からのご依頼を受け、各種イベントでの応援披露、イベント等での応援のお手伝いなども積極的に行っています。下記に主な活動を掲載していますが、ここではご紹介しきれないほど、様々な活動を行っています。
 いろいろな活動を通じ、たくさんの出会いがあるのも、当團の魅力の一つと言えます。
硬式野球部応援
 硬式野球部の応援は、当團の創團以来、欠かさず取り組んできた応援で、毎年春と秋に神宮球場で行っています。
 様々なドラマが繰り返される戦国東都の応援ができることを、團員は楽しみに練習に励んでいます。
 ぜひ神宮球場に足をお運びいただき、一緒に國學院大學硬式野球部を応援しましょう!神宮球場にて皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。
陸上競技部応援
 陸上競技部の応援は、箱根駅伝予選会、箱根駅伝本選、全日本大学駅伝対校選手権大会、出雲全日本大学選抜駅伝競走(出雲駅伝)などの機会に行っています。
 年々熾烈な戦いとなっている中、当團と致しましても、母校の勝利を信じ、現地で精いっぱい応援しています。コースの沿道で応援を繰り広げていますので、ぜひ一緒に応援してください!
その他の応援
 当團はこれまで、相撲部、蹴球(サッカー)部応援、キックボクシング部、バレーボール部など、幅広く応援活動を行ってまいりました。
 ご依頼をいただければ応援に伺いますので、お気兼ねなくメールまたはTwitterのDMにてお問い合わせください。
学外応援のご協力
当團では、学外の方々からのご依頼により、様々な場で応援のご協力を行っています。
 例えば、渋谷区の依頼を受け、オリンピック・パラリンピックの機運醸成のイベントで応援や演技披露を行ったり、パラリンピック競技(パラバドミントンやゴールボールなど)の応援を行ってきました。
 また、地域のパラスポーツの普及を目指すイベントでの応援も行っております。
 今後も学外の応援に積極的にご協力してまいります。
「大学応援団フェスタ」出場
大学応援団の活動は、古くは明治時代に源流を発していると言われています。長い歴史の中で、応援団は唯一無二の魅力を持つ団体になってきました。
 令和の時代になり、応援団の魅力を広く伝えるため、全国の大学応援団が協力し「大学応援団フェスタ」というイベントを開催しています。
 このイベントでは、「紅白応援合戦」といった対抗戦も行っており、大学応援団の技術を真剣勝負で競い合う中で、互いに切磋琢磨しています。

大学応援団フェスタ実行委員会の公式ホームページはこちら
発表会「赤紫の契り」
 当團では例年1月上旬に、主催イベント「赤紫(せきし)の契り」を開催しています。
 このイベントでは、日頃の応援活動で使用している応援技術をご披露するほか、普段はなかなかお見せする機会がない応援技術もご覧いただくなど、当團を深く知っていただく機会となっています。
 開催は本ホームページや公式Twitterなどでご案内しますので、ぜひお越しいただき、楽しいひとときをお過ごしください。
陸上競技部応援
 陸上競技部の応援は、箱根駅伝予選会、箱根駅伝本選、全日本大学駅伝対校選手権大会、出雲全日本大学選抜駅伝競走(出雲駅伝)などの機会に行っています。
 年々熾烈な戦いとなっている中、当團と致しましても、母校の勝利を信じ、現地で精いっぱい応援しています。コースの沿道で応援を繰り広げていますので、ぜひ一緒に応援してください!

新入生の皆さまへ
私たちと一緒に応援しませんか!

私たちは、一緒に応援してくださる新入生の皆さんを大歓迎します。
入團までの流れなど、詳しくは特設ページでご紹介していますので、ぜひご覧ください。



当團へのアクセス

当團への応援依頼・入團希望など、ご用件がありましたらお気軽にお問い合わせください。
メールでのご連絡でしたら、なるべく速やかにご回答いたします。
・名称 國學院大學全學應援團
・所在地 〒150-8440 東京都渋谷区東4-10-28 國學院大學渋谷キャンパス内
・TEL 03-3400-9186
・メールアドレス
kokudaiouendan@gmail.com
・活動時間
リーダー部 毎週水・土曜日
ブラスバンド部 毎週水・土曜日
チアリーダー部 毎週月・水曜日
・アクセス
・渋谷駅(JR山手線・地下鉄・京王井の頭線・東急各線)から徒歩約13分
・渋谷駅(JR埼京線・湘南新宿ライン)新南口から徒歩約10分
・表参道駅(地下鉄半蔵門線・銀座線・千代田線)B1出口から徒歩約15分
・恵比寿駅(JR山手線・埼京線・湘南新宿ライン、地下鉄日比谷線)から徒歩約15分
・アクセス
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・表参道駅(地下鉄半蔵門線・銀座線・千代田線)B1出口から徒歩約15分
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新型コロナウイルス感染症対策と応援について

2020年は、新型コロナウイルス感染症により、当團も活動自粛を余儀なくされました。
そのような中でも、我々の応援を待っていてくださる方々に少しでも力添えできるよう、感染症対策を万全にしながら、活動してきました。
初めての取り組みであった無観客の中での硬式野球応援や文化祭での発表、渋谷区からの依頼を受けた応援活動の実施、リモートでの応援など、限られた中で活動を展開しました。
今年も先が見えない中ではありますが、活動の中で決して感染しない・させないよう、マスク着用・手指消毒・ソーシャルディスタンスの確保など、基本的な対策を忠実に守りながら活動してまいります。

当團の歴史について

 当團の歴史は、昭和16年に結成された応援統制部から始まりました。応援統制部は、各部会の有志によって構成され、羽織、袴に下駄、角帽という出立ちであったと伝えられています。当時は、学生数が少なかったということもあり、野球の試合がある時は大学を挙げて球場へ行き、応援統制部の指揮の下、活発な応援が行われていたようです。しかし、第二次世界大戦の勃発により、その活動は中断を余儀なくされました。
 大戦が終わって占領時代が始まり、連合国軍の指示で武道系のスポーツが禁止されました。例えば剣道は、その名でさえ竹刀競技と言えという時代だったようです。しかし、本学の一部教授や職員の努力により、まずは剣道部が再興され、やがて弓道部、柔道部なども再興されていきました。こうした時に、応援団再興の声も高まりました。
 昭和23年に、単に野球の応援をするだけでなく学生の一切のクラブ活動を応援する団体として、麻生吉郎氏を戦後応援団の初代團長に仰ぎ復活しました。この年の暮れには初代の團旗も作製され、概ね陣容が固まったようです。
 昭和24年、当團は他大学五校(駒澤大学、専修大学、中央大学、東京農業大学、日本大学)と共に東都大学応援団連盟を結成し、当團初代團長麻生吉郎氏が連盟の実務上の責任者である幹事長を務めました。そしてその2年後の昭和26年に、東都大学応援団連盟を発展的に解消して、全日本学生応援団連盟が結成されました。
 その後、徐々に応援団としての形が整えられていきましたが、昭和36年頃に、現在の当團に繋がる基礎が作られました。学生服・白ワイシャツ着用、腕章・團バッジのデザイン制定、演技の振り付け、規律、合宿の作法等は全て、この時のものが現在の源流です。また、現在の本学体育連合会吹奏楽部の前身組織であるブラスバンド部も、この時、当團の中で結成されました。さらに、昭和37年には二代目の團旗も作製されました。
 こうして基礎を固めた後の10年は当團の成長期でした。團員も増え、それに伴い活動の幅を広げ、新しい演技種目も次々に考案されました。
 そして昭和46年には、「國學院大學應援團」から「國學院大學全學應援團」へと名称を改め、それまでの一部会的存在から自治活動の一翼を担う組織へと昇格しました。このことは、それまでの活発な活動により当團の存在とその意義が学生や大学側から正当に評価されたということであり、当團の歴史を語るうえで、画期的な出来事でした。
 その翌年、昭和47年には、全日本学生応援団連盟本部校を引き受け、20校余りが約3キロの團旗パレードを行った後、日本青年館に集合し、連盟本部記念祭を盛大に挙行することができました。さらに、昭和54年度にも全日本学生応援団連盟本部校を引き受け、この時も20校余りが笹川記念館に集合し、連盟本部記念祭を盛大に挙行しました。
 昭和50年代に入ると、日本全国の大学応援団で、団員の減少が顕著となっていきます。大学生の部活離れと、応援団自体の組織構造上の問題もあり、他大学応援団の中には活動が困難となる団体も現れてきました。当團においても團員の減少は確実に進行し、昭和60年代には、10名前後での活動を余儀なくされるようになりました。こうした中でも、昭和60年には全日本学生応援団連盟本部校を引き受け、渋谷公会堂にて連盟本部記念祭を盛大に挙行するなど、血気盛んに活動に取り組みました。
 しかし、時代が平成に入る頃には、学生気質の大幅な変化などの影響を受け、團員数が一時、5名を下回るまでとなりました。このような中、大変な危機意識を持った当時の監督を中心に、良き伝統を守り悪しき伝統を廃するといった、当團の大改革が行われました。その結果、減少傾向にあった團員数も平成7年頃から上向きとなり、平成10年には、全日本学生応援団連盟本部校を引き受けるなど、再び、当團に活気がよみがえりました。また、同年には、当團を中心とした有志複数校が長野パラリンピックにて出場選手を応援し、その様子がテレビでも取り上げられるなど、大きな話題となりました。さらに、平成13年頃から数年間にかけて、渋谷区の公式行事に出演したほか、平成15年、平成17年には全日本学生応援団連盟の委員長校を引き受け、大学から表彰を受けるなど、内外に積極的な活動を展開し、平成の隆盛期を迎えました。
 しかし、平成10年代後半から、組織の制度疲労など様々な要因により、再び團員数が減少に転じ、活動も停滞しがちとなりました。この状況は比較的長く続いたものの、現在、多くの関係者の危機意識のもと、現状を打破するべく、ブラスバンド部・チアリーダー部の創設、応援方法の改良などの改革を推進し、今日に至ります。
 古き伝統を有する大学応援団を日本の無形文化財と捉え、次世代に継承する責務を自任し、活動を推進しています。

当團の演技について

当團の歴史は既に80年を超えており、長い歴史の中で様々な応援技法が生まれてきました。
今日もそれらを大切に継承し、次世代に引き継ぐとともに、時代に合わせた新しい応援技法の作成にも積極的に取り組んでいます。
以下では、当團に伝わる応援技法の数々をご紹介します。
校歌
〇校歌の由来
 明治15年に創設された國學院大學は、大正12年、渋谷川の流れも美しい、まさに見晴るかすもの清らなる渋谷区若木が丘に移転しました。國學院大學の校歌はこの時に、本学のシンボルとして、校旗、襟章とともに生まれました。
 時の学長、芳賀矢一先生は、國の基(もとい)を究むるところと謳い、建学の精神を切々と詩につづり、国学の大家本居宣長の系譜に連なる童謡作曲家の本居長世先生(※)の作曲によって、我が母校の校歌が作られました。
 曲の一節一節に、雅楽の清らかな、そして重々しい響きが取り入れられており、この独自のメロディーは私たちの胸の中に、深く深く刻み込まれます。我が国の行く末を案じ、本学が建学されたことと同様に、この校歌も本学のあるべき姿を正しく謳い上げています。

※ 本居長世先生は、「七つの子」「赤い靴」「十五夜お月さん」などを作曲した児童作曲家。独特な旋律の曲調が特徴で、作曲した曲は現在に至るまで長く歌い継がれている。

○校歌の振り付け
 当團の校歌の振り付けは、第14代幹部の時代に改められ、現在まで継承されています。本学の校歌の優雅な旋律にのせて振られる、優美かつ流れる清流のような動きは、まさに、見晴るかすもの清らなる渋谷川を望む、本学に相応しいものです。
 応援歌は、各大学とも、体育部会の試合や壮行会などにおいて頻度多く歌われているものであり、各大学の応援の基礎となっています。当團の応援歌は、戦前から戦後にかけ、本学の教授を務められた、西角井正慶先生が作詞されたものです。作曲は、一説には昭和11年に本学文学部国文学科を卒業された冷泉為臣氏(戦前の京都・冷泉家当主)と言われています。当團が行う演技において、國大音頭の次に古いものであり、精鋭歌、第二応援歌、応援で使用する実践リーダー(※)の型に応用される、オーソドックスな動作となっています。
 リーダーが中腰の姿勢に移りながら左斜め後ろを向き、空手の突きの動作を行う部分は、他大学の古い応援歌にも見られる動きで、伝統を感じさせます。様々な応援会場で必ず歌われる応援歌は、当團にとって、最も基本的かつ重要な演技であると言えます。また、1年團員にとっては、最初に習うリーダー演技でもあり、そういった点でも、当團の基本的な演技であると言えます。
 
※ 当團における実践リーダーとは、実際の応援などで使用する振り付け動作のことで、応援歌などの演技以外の部分のこと。
 精鋭歌は、昭和39年に、沢渡盛忠氏が作曲のうえ、第16代幹部の一宮碩哉先輩により作詞され、当時のリーダー部長の宇津木保孝先輩を中心に、リーダーの振り付けが作成された演技です。
 この演技の特徴は、リーダーの演技中盤に、中腰の姿勢から行う跳躍(ジャンプ)です。他大学でも、リーダーの振り付けの中に跳躍する部分を見受けることがありますが、当團の精鋭歌の場合、左足を軸に、右足で蹴り上げながら跳躍するよう型が決められており、若干、他大学の跳躍と趣を異にしています。
 また、通常は1名がリーダーを務める演技ですが、跳躍のタイミングで複数名がリーダーに加わるバージョンも存在しており、見所が豊富な演技です。
 振り付けの完成度の高さから、多くの團員が技術を磨いてきた演技でもあり、たくさんの名手を生み出しました。
 第二応援歌は、昭和41年に、応援活動を活性化させることを目的に、第18代リーダー部長北條秀勝先輩を中心に作成された演技です。曲調は、作成された当初のものと現在のものとでは若干変更されています。
 演技中盤に、中腰の姿勢から身体を大きく反らせたのち、右手を高く掲げる特徴的な動きが取り入れられており、見応えがある演技です。半面、バランス感覚が求められる演技構成でもあり、團員の鍛錬次第でその見栄えに大きな違いが表れます。
 応援中に使用する頻度が高い応援歌、精鋭歌、第二応援歌の3曲の中では、重低音を用いた曲調であり、応援のアクセントとなる演技です。また、硬式野球部応援では得点の際に演じられる演目で、当團の勝利の歌でもあります。
 なお、平成25年に「神主小唄」の演技が作成されるまで、この第二応援歌が最後に作成された演技でした。
 野球応援に際し、チャンス時に使用している各楽曲をリーダー公開用にメドレーとして編成したものが、当團のチャンスパターンメドレーです。
 本メドレーは、当團が3部体制に移行する中で徐々に構築されてきました。
 全体の構成としては
ブラスバンドメドレー1「堂々進撃」 ⇒ ブラスバンドメドレー3「ザ・グレート」 ⇒  合衆国野戦砲隊行進曲 ⇒ ハイウェイスター ⇒ 蒼天駆けて
 となっていますが、合間にコールを入れたり、他の楽曲をはさむなど、様々な状況に応じ、臨機応変にメドレーを組み替えています。
 なお、「堂々進撃」「蒼天駆けて」は当團の完全なオリジナル曲です。

 現在、新たなオリジナル曲も順次作成していますので、お披露目までお待ちいただると嬉しいです。
 精鋭歌は、昭和39年に、沢渡盛忠氏が作曲のうえ、第16代幹部の一宮碩哉先輩により作詞され、当時のリーダー部長の宇津木保孝先輩を中心に、リーダーの振り付けが作成された演技です。
 この演技の特徴は、リーダーの演技中盤に、中腰の姿勢から行う跳躍(ジャンプ)です。他大学でも、リーダーの振り付けの中に跳躍する部分を見受けることがありますが、当團の精鋭歌の場合、左足を軸に、右足で蹴り上げながら跳躍するよう型が決められており、若干、他大学の跳躍と趣を異にしています。
 また、通常は1名がリーダーを務める演技ですが、跳躍のタイミングで複数名がリーダーに加わるバージョンも存在しており、見所が豊富な演技です。
 振り付けの完成度の高さから、多くの團員が技術を磨いてきた演技でもあり、たくさんの名手を生み出しました。
 國大音頭は、当團の演技の中で最も古いもので、昭和21年に本学教授の折口信夫先生が福岡県に伝わる民謡である「炭坑節」に作詞し、花柳流の振り付けがなされた演技です。作成当初は終戦直後の混乱もあり、学内に学生が少ない中、文化祭において約20名によってその踊りが披露されました。
 現在の國大音頭は、花柳流の振り付けに空手の動きを取り入れた演技構成となっており、静と動が調和し、衆人の目を引くものとなっています。
 特に演技最後では、全團員が静止の姿勢から、はじけるように前面に飛び出す動作があり、國大音頭が謳う本學のその後の隆盛を願う心が躍動的に表現されています。
 「國大小唄」とともに、当團の代表的な演技です。
 國大小唄は、院友(※)である山田修七郎氏が作詞したもので、昭和37年、第14代幹部の時代に、それまで学内で歌い継がれてきた國大小唄に、日本舞踊の花柳流の動きを取り入れて作られたものであり、現在では、当團の代表的な演技として内外に認知されています。
 この演技は、歴代、團長のみに継承される一子相伝のものであり、團長は、その栄誉と重責を受け継ぎ、正しく次世代に継承する責務を負っています。継承に際しては、通常、当代の團長が次代の團長候補者2名を選出してこの演技を伝授し、当代團長の任期最後に2名の中から團長を選出することとしています。
 リーダー公開の構成上も最後に執り行われる演技で、まさに取りを飾るものです。團長が和装のうえ、扇子二対で舞う優雅かつ華麗な姿は、見る者の目を捉えて離しません。

※ 院友とは、本学を卒業したOB・OGのこと。院友で組織されたOB・OG会を「院友会」と呼ぶ。なお、当團の卒團生は、卒團とともに、OB・OGで組織された「紫友会」に所属する。
 昭和41年、第18代幹部の時代に、第19代團長を務める山本富彦先輩が歌詞、第18代幹部を中心に振り付けが作成された必勝の踊りは、その名前から、試合のキーポイントで演じられることが多く、以前は、本学硬式野球部の東都大学野球リーグ戦(二部)の試合中において、度々踊られていました。
 この演技の特徴として、当團の他の演技に見受けられる空手の突きの動きは少なく、日本舞踊に似たしなやかな動作が見られる点が挙げられます。
 また、通常は團員全員が同じ動きで演じますが、演じる團員の人数が多い場合、全團員が中央を境に左右対称となって演技を行うことがあり、全体として鏡写しのように見える点も大きな特徴です。
 全團員が左右対称で踊る姿は、大変圧巻なものです。
怒涛の拍手
 力強い手拍子により選手を鼓舞する怒濤の拍手は、当團創團後、早い段階からその原型ができた演技です。
 歌を付けず、手拍子のみで構成されており、前半は一拍子、二拍子、三拍子と、打ち寄せる波のような展開となっています。
 後半は、もともと別の演技であった「國大三三七拍子」が組み込まれており、前半後半で、演技構成がガラッと変わるところも見所です。
 なお、他大学では拍手のみで構成した演技を複数有していることが多いようで、当團でも過去には別の拍手演技があったように聞き及んでいますが、現在はこの怒濤の拍手を、唯一の拍手演技として継承しています。
 神主小唄の演技は、新しいものです。もともとは、神道文化を学ぶことができる本学において、主に神職(神主)を目指す学生に歌い継がれてきた神主小唄に、神職の資格を有する第62代團長が振り付けを作成したものです。
 当團の他の演技は、昭和40年代前半までにほぼ形成されていますので、およそ40年ぶりに公式な演技が作成されたことになります。
 初披露は平成25年度の文化祭リーダー公開であり、その日から当團の新しい名物として演じられています。
 振り付けは、宮廷芸術である舞楽の動き、特に「蘭陵王(らんりょうおう)」の所作を参考にしており、これまでの当團のどの演技にも似つかない、大変独特なものに仕上がっています。
 なお、前口上(※)は、本学の建学の精神の一節を用いており、本学の学生として、建学の精神に依拠する思いが込められています。

 ※前口上とは、歌が始まるまえ、主にリーダーによって独白される言葉のこと。
 昭和41年、第18代幹部の時代に、第19代團長を務める山本富彦先輩が歌詞、第18代幹部を中心に振り付けが作成された必勝の踊りは、その名前から、試合のキーポイントで演じられることが多く、以前は、本学硬式野球部の東都大学野球リーグ戦(二部)の試合中において、度々踊られていました。
 この演技の特徴として、当團の他の演技に見受けられる空手の突きの動きは少なく、日本舞踊に似たしなやかな動作が見られる点が挙げられます。
 また、通常は團員全員が同じ動きで演じますが、演じる團員の人数が多い場合、全團員が中央を境に左右対称となって演技を行うことがあり、全体として鏡写しのように見える点も大きな特徴です。
 全團員が左右対称で踊る姿は、大変圧巻なものです。

当團を取り上げた記事など

当團のことをもっとお知りいただくために、これまで外部の方に取り上げていただいた記事を掲載します。

エールに「礼節」「想い」を込めて

 「押忍!」のかけ声、裾の長い学ラン・・・「バンカラ」を象徴する大学応援団は現在、全国50校あまりで活動を続けている。昭和16年創立という長い歴史を誇る國學院大學全學應援團(杉田大樹團長、史4)は、リーダー部・ブラスバンド部・チアリーダー部の3部構成で例年60人前後の團員を擁して活動している。全學應援團のうち、応援を先導するために鍛練を積み、9月に開催された「第1回 大学応援団フェスタ」での活躍が光ったリーダー部の活動を追った・・・

自ら楽しみ、「音」でエール

 60年超の歴史を誇る國學院大學全學應援團の活動に幅を持たせるため、4年前に團内に誕生した2部の一つが、さまざまな応援シーンを「音」で演出するブラスバンド部だ。バンカラで硬派なイメージの応援団に華やかさを加える若い集団を率いてきたのは、平成30年度(67代)の部長を務めた青木未萌さん(神文4)と幹部の森田光里さん(法4)の1期生2人。4年間の試行錯誤と成長ぶりを聞いた・・・

いつでも笑顔を。応援するチアとして

 チア部門創設について全學應援團広報室長の安田一貴さん(法4)は、「近年、リーダー部のみの応援に限界を感じ、応援の幅を広げるためブラスバンドとチアを加えた3部構成にすることになりました」と話す。それまでは体育連合会所属の吹奏楽部、ドリル競技部SEALSの助けを借りざるを得なかったが、同じ団体の中に「音」と「踊り」のパートを持つことで自由度が増したという。

 4年目で17人にまでメンバーが増え大きく開花したチームを、宮澤さん、副團長の髙橋花実さん(法4)、幹部の仲田菜摘さん(子支4)の3人が引っ張ってきた。「リーダー部は硬派で攻め、ブラスバンドは音で楽しませます。それに花を添えるのがチア」と宮澤さんは、チアの存在意義を語る・・・

現役の応援団長に聞いた・・・

 9月28日(土)、国立オリンピック記念青少年総合センター 大ホールにて今年で2回目となる「大学応援団フェスタ」が開催される。
 応援団とは一般的に、学ランを着た応援の中心にいる“リーダー部”、踊りで場を盛り上げる“チア部”、そして“吹奏楽部”の3つの部で構成されている。昨年に続き2回目の開催となる今年は、以下の大学が応援団フェスタに参加する。

 なぜ彼らは、大学の垣根を超えて“応援文化”を広げる活動をしているのか。事務局の栩本さん(OB)と今年の実行委員長・國學院大學全學應援團團長の細谷慶太郎さんに話を伺った・・・